忘れられない一着

新入社員として初めて会社に足を踏み入れた頃、私は期待と不安に満ちていました。バブルの余韻が残る時代で、仕事の場面ではスーツが必須でした。当時の私はまだ若く、スーツの重要性を深く理解していませんでしたが、社会人としての第一歩を踏み出すため、特別な一着を持ちたいという思いがありました。

ある日、上司が銀座にある老舗テーラー福岡の話をしてくれました。彼は長年、ここでスーツを仕立てており、その品質に絶大な信頼を寄せていたのです。私はその言葉に背中を押され、勇気を出して福岡を訪れることにしました。

店内に足を踏み入れた瞬間、歴史ある雰囲気と職人の手仕事の世界に引き込まれました。オーナーの寺岡さんは穏やかな笑顔で迎えてくれ、丁寧に私の採寸を始めました。体の隅々まで測り、その精緻さに驚きながらも、私はプロフェッショナルな仕事ぶりに感動していました。

数週間後、出来上がったスーツに袖を通した瞬間、私はこれまで感じたことのない感覚に包まれました。体にぴったりとフィットし、どこにも無駄がないそのスーツは、まるで私自身を包み込み、自信を与えてくれるものでした。このスーツを着て臨んだ初めての営業は、少し大人になった自分を感じさせてくれるものでした。

それから30年が経ち、私は個人事業主として働いています。サラリーマン時代とは違い、毎日スーツを着ることもなくなり、外出する機会も減ってきました。かつては頻繁にスーツを仕立てていたものの、今ではクローゼットに眠ったままになっています。

そんなある日、一通のDMが届きました。差出人は、ずっとお世話になってきたテーラー福岡でした。「新作生地入荷のお知らせ」と書かれたその案内を見た時、私は懐かしさと少しの寂しさを感じました。30年間、私を支え続けてくれたスーツたち。そしてその裏には、職人の手による丁寧な仕事があったことを思い出しました。

しかし、今の私にはもうスーツを頻繁に作る必要はありません。私は決意して、福岡に電話をかけました。

電話に出た若いスタッフに、私は事情を伝えました。「もうスーツを作る機会が少なくなったので、DMのリストから外してほしい」と。スタッフは少し寂しそうにしながらも、快く対応してくれました。そして、私はこう付け加えました。

「でもね、あの時初めてオーダーメードスーツに袖を通した時の感覚は、今でも忘れません。体にぴったりとしたフィット感、スーツが私に与えてくれた自信。あれがあったからこそ、私は今も頑張れているんです。」

スタッフは静かに耳を傾け、最後に「またお会いできる日を楽しみにしております」と言ってくれました。その一言に、私は胸が熱くなりました。福岡との関係がこれで終わるわけではない。いつかまた、新しい一着が必要になった時、私は必ずあの扉を再び開けることでしょう。

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