「伝わる」と「選ばれる」は、別物だ
先日、クライアントにこう言われた。
「AIでいいよ。言いたいことは、ちゃんと伝わってるから」
その場では、うまく返せなかった。言いたいことはある。でも、口に出そうとした言葉が、どれも自分の側の都合に聞こえて、飲み込んだ。あれから、ずっと考えている。AIで作ったクリエイティブやサイトは、なぜダメだと言われるのか。いや——本当にダメなのか。この文章は、その自問の記録だ。
「AIはダメだ」を証明しにいくと、負ける
まず認めておきたいことがある。「AIで作ったものはダメだ」を正面から証明しにいくと、たぶんこの勝負は負ける。
理由ははっきりしている。「魂がない」「手触りがない」「作り手のこだわりが」——ダメの中身として出てくる言葉は、ほとんどが作り手側の言語だ。それは職人の誇りの話であって、お金を払う側が一円払う理由にはならない。しかもAIの出力は、日に日にうまくなっている。品質の低さで殴る戦い方は、もう分が悪い。
だから、「AIはダメだ」という挑戦そのものを、私は降りることにした。守るべき場所は、そこじゃない。
伝わる、と、選ばれる
代わりに立てたい問いは、これだ。
「伝わる」と「選ばれる」は、同じことなのか。
クライアントが「伝わってる」と言うとき、測っているのは伝達が成功したかどうかだ。書いた内容が、読み手に誤解なく届いたか。その意味では、AIは実に優秀だ。明快で、破綻がなく、そつがない。
でも、商売の勝ち負けは、伝達では決まらない。差別化と、選好で決まる。「わかりやすい」ことと「選ばれる」ことは、地続きではない。混み合った市場では、明快だが凡庸なものは、ただ静かに素通りされる。
AIは「平均」を返す
なぜAIの出力は、明快なのに凡庸になりがちなのか。仕組みを考えると腑に落ちる。
生成AIは構造上、学習データの平均へ回帰する。与えられたお題に対して、「最も平均的な、最も無難な正解」を返すようにできている。これは欠陥ではなく、性質だ。
問題は、その性質が競争でどう出るかだ。同じ業界の全員が、同じツールに、似たようなお題を投げて作る。すると出力は、そろって真ん中に収束していく。伝わる。けれど、隣の同業と見分けがつかない。 一社だけを見れば「悪くない」。並べて見た瞬間、全部が同じ顔をしている。
AIが苦手なのは、生成ではなく翻訳
もうひとつ気づいたことがある。AIは「生成」は驚くほど得意で、「翻訳」は苦手だ。
ここで言う翻訳とは、言語の変換のことではない。まだ言葉になっていない「この会社は、実際のところ何者なのか」を掘り起こし、それを選ばれる理由へと変換する作業のことだ。
きれいに整理されたお題さえ与えれば、AIはそこから驚くほど良いものを作る。逆に言えば、ぐちゃぐちゃで言語化されていない現実を、価値ある一言へ翻訳するところは、まだ担えない。Garbage in, garbage out。「AIでいい」と言えてしまう場面の多くは、凡庸なお題を投げて、凡庸だが明快な答えを受け取っている状態だ。
つまり価値が生まれるのは、生成の下流ではなく、上流——何を作らせるべきかを決めるところにある。
だから、大半は譲っていい
ここまで書いておいて逆のことを言うようだが、正直に告白する。大半は、AIで十分だ。
お知らせ、よくある質問、操作の説明、事実の羅列。こういうコモディティな文章は、「AIでいい」がだいたい正しい。ここまで人の手で守ろうとするのは、むしろ神経質で、信用を損なう。誠実であろうとするなら、戦う場所は選ばなければならない。「全部、人の手で」なんていうのは嘘だし、クライアントもそれを知っている。
譲れるところを、気持ちよく譲る。その潔さがあるからこそ、次の一言に重みが宿る。
渡せない、一行
「でも、ここだけは違うんです」
トップページの、「なぜ、この会社なのか」を語る一行。それは会社の中にすでに在って、まだ言葉になっていないものだ。経営者本人にとっては当たり前すぎて、口にすらしない。けれど、お客さんが実は「それ」を理由に選んでいる——そういう何か。
そこを引き出して、選ばれる理由へ翻訳する。この一行だけは、AIには渡せない。渡してしまえば、また平均へ帰っていくだけだから。
「言いたいこと」と「言うべきだったこと」
最後に、あの日の自問へ戻る。
クライアントが「伝わってる」と言うときの言いたいことは、いったい誰のものなのか。それはたいてい、その人がすでに持っている、そして少しだけ凡庸な、自己認識だ。AIはそれを忠実に届ける。忠実に届けることが、AIの天井でもある。
伝わっているのは、いつも「言いたいこと」。 伝わっていないのは、「言うべきだったこと」。
だから、あの日の答えは、たぶんこうだ。
「伝わってますよ。ただ——御社が”本当に伝えるべきこと”は、まだ伝わっていません」
あなたの会社の「言うべきだったこと」は、いま、伝わっているだろうか。
