そのラフ、AIに入れていませんか──クリエイターに発注する側が知っておくべきAI時代の契約(AI作成)

そのラフ、AIに入れていませんか──クリエイターに発注する側が知っておくべきAI時代の契約(AI作成)

先日、SNSであるイラストレーターの投稿が話題になりました。

要約すると、こういう出来事です。

クライアントに提出したラフを、無断で生成AIに取り込まれ、AIで出したものを使うので、と、取引を中止された。

投稿によれば、そのラフは2回の描き直しを経たものでした。そしてその前段階では、見積もりに対する段階的な値引き要求もあったといいます。

この投稿には、同業のクリエイターから怒りと共感のコメントが数多く寄せられました。ただ、私がこの記事を書こうと思ったのは、クリエイター側を励ますためではありません。

発注した側の担当者は、おそらく悪意でやっていないからです。

「AIで似たようなものが出せるなら、そのほうが早いし安い」——その判断は、今の時代、ごく自然に頭に浮かびます。法務部のない中小企業なら、止める人もいません。悪意ではなく無邪気さで起きる事故だからこそ、ルールがいる。この記事は、そのためのものです。

発注する側が抱えている、3つの誤解

誤解1:「ラフだから、まだ権利は発生していない」

これがいちばん多い誤解です。

著作権は、創作した瞬間に自動的に発生します。申請も登録も要りませんし、完成度も関係ありません。ラフ、下描き、ネーム——創作的な表現である限り、著作物です。

(なお、ワイヤーフレームや構成案のように機能上の制約が大きいものは、ありふれた表現やアイデアにとどまるとして著作物性が認められない場合もあります。ただし「認められないこともある」だけで、勝手に使っていい理由にはなりません。)

しかも、ここが重要なのですが、契約書を交わしていない場合、著作権は制作者に残ったままです。「お金を払う予定だったのだから、うちのもの」にはなりません。契約書がないことで不利になるのは、実は発注側のほうなのです。

誤解2:「AIの学習は法律で自由と決まっている」

著作権法30条の4を根拠に、「AIに読ませるのは自由」と説明されることがあります。半分正しく、半分間違いです。

30条の4が適用されるのは、条文上「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に限られます。そして文化庁が令和6年3月15日に公表した「AIと著作権に関する考え方について」では、こう整理されています。

  • 複数の目的のうちひとつでも「享受」の目的が含まれていれば、30条の4の要件を欠く
  • 特定のクリエイターの少量の作品のみを追加学習させ、その作品群に共通する創作的表現を出力させることを目的とする場合は、享受目的が併存する

ここは線の引き方が繊細なので、正確に押さえておいてください。文化庁は、いわゆる「作風」はアイデアにとどまるとして、作風が似ていること自体は著作権侵害にならないと明言しています。問題になるのは、作風の先——創作的表現そのものを出力させようとした場合です。

今回のケースは、まさにその典型でしょう。「特定のラフを入れて、それに似た絵を出させ、実際にそれを使う」。享受目的そのものであって、30条の4の傘の下には入りません。

そのうえ、著作権侵害の成立には「類似性」と「依拠性」が必要ですが、本人のラフを直接入力した事実が確認できれば、依拠性は認められやすいと考えられます。AI関連のトラブルでは「本当にその作品を学習したのか」が争点になりやすいのですが、このケースではその争いが起きにくい。

誤解3:「AIで作ったものだから、うちの自由に使える」

これは、発注側にとって実害の大きい誤解です。

文化庁の同じ資料では、AI生成物が著作物として保護されるには、人間による「創作的寄与」が必要とされています。著作物性は個別具体的な事情に応じて判断されますが、アイデアを示すだけの簡単な指示で出力させたものは、著作物として保護されない可能性が高いという整理です(指示が長ければいいという話でもなく、創作的表現に至らないアイデアの提示では寄与と評価されません)。

つまり、そうやって手に入れたキービジュアルやロゴは、他社にそっくり真似されても、著作権では止められない可能性があります。商標登録や不正競争防止法で対処できる余地は残りますが、いずれも別途手当てが必要です。自社の顔として使うものが、権利の裏づけのないまま世に出ていく。

タダで手に入れたものは、他の誰にとってもタダなのです。

発注側が実際に負うリスク

上の3つの誤解を抱えたまま進めると、企業側には次のリスクが乗ります。

1. 著作権侵害による差止・損害賠償

出力物が元のラフと表現レベルで共通していれば、複製権・翻案権の侵害になり得ます。すでに世に出した広告物やパッケージなら、回収コストまで発生します。

2. フリーランス法上の違反

2024年11月1日に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」により、フリーランスへ業務委託する事業者には、業務内容・報酬額・支払期日などを書面や電子メール等で明示する義務があります。これは従業員の有無を問わず、すべての業務委託事業者にかかります。

さらに、従業員を使用する事業者が1か月以上の業務委託を行う場合、報酬減額、買いたたき、不当なやり直しの強制などが禁止行為として定められています。冒頭の件で語られていた「段階的な値引き要求」や「複数回の描き直し」は、条件次第でここに触れる可能性があります。

3. レピュテーションの毀損

冒頭の投稿は数万件規模で拡散しました。BtoB企業にとって、「クリエイターを大事にしない会社」という評判は、採用にも取引にも効いてきます。数万円の値引きと引き換えにするには、割の合わない賭けです。

4. 供給網の喪失

これが長期的にはいちばん痛い。一度そういう扱いをした会社に、腕のいい書き手や描き手は二度と来ません。しかも彼らは横につながっています。次に本当に困ったとき、頼れる人がいない状態を、自分で作ることになります。

事故は、AIの前に始まっている

この件の経緯を追うと、AIが登場するより前に、段階的な値引き要求がありました。

私はここが本質だと思っています。成果物に対価を払う気のない相手は、AIがあってもなくても、いずれ同じことをします。AIは引き金を引きやすくしただけで、原因ではありません。

逆に言えば、発注する側が自社を点検すべきポイントもここにあります。

  • 相見積もりで集めた提案書を、そのまま社内の別案件に流用していないか
  • 「ちょっと直して」の一言で、無償のやり直しを何度も頼んでいないか
  • 「予算がないので」を、値引き交渉の常套句にしていないか

このあたりに心当たりがあるなら、AI利用ルールを作る前に、そちらが先です。

明日からできる、社内ルール3行

大がかりな規程は要りません。次の3行を社内の運用ルールに追加するだけで、現場の事故はほぼ防げます。

  1. 外部から受領した制作物(ラフ・構成案などの中間成果物を含む)を、生成AIに入力しない
  2. 例外的に入力する必要がある場合は、事前に制作者の書面(メール可)による同意を得る
  3. 発注時に「AI利用の可否」を必ず取り決め、条件明示の書面に記載する

ポイントは、判断を現場に委ねないことです。「これくらいならいいだろう」の積み重ねが事故になります。

発注書に入れておく条項の文例

そのまま使える形で置いておきます。発注書・見積書の備考欄に貼るだけでも機能します。

中間成果物の取り扱い

本業務における中間成果物(ラフ案、構成案、デザインカンプ、提案資料等を含む)の著作権は、検収完了および報酬の支払い完了時まで受託者に留保されるものとし、委託者は当該中間成果物を本件業務の検討以外の目的に使用しないものとする。

生成AIの利用

委託者および受託者は、相手方から受領した成果物および中間成果物を、相手方の書面による事前の同意なく、生成AIサービスへの入力、学習、参照その他一切の用に供してはならない。

中途解約時の取り扱い

委託者の都合により本業務を中止する場合、委託者は進行度合いに応じた対価(ラフ提出時◯%、初稿提出時◯%)を受託者に支払うものとする。

AI利用を許容する場合(発注側がAI活用を前提としたい場合はこちら)

委託者は、受託者の事前の書面同意を得た範囲において、成果物を生成AIへの入力に用いることができる。この場合の対価は別途協議のうえ定める。

最後の条項が重要です。AIを使いたいなら、使いたいと最初に言えばいい。それは正当な要求ですし、条件を含めて見積もりを取れば済む話です。トラブルになるのは、黙って使うからです。

「AIを使うな」という話ではありません

誤解のないように書いておくと、私はAI活用の推進側です。

発注側がAIを使うべき場面はたくさんあります。自社の一次データを整理する、権利がクリアなストック素材を加工する、社内の企画段階で方向性を壁打ちする——どれも有効です。

禁じ手はひとつだけ。他者が対価を受け取っていない成果物を、勝手に入力すること。ここだけ守れば、あとは自由に使ってかまいません。

そして、いい発注ができる会社にはいい制作者が集まり、結果としてアウトプットの質が上がります。これはきれいごとではなく、私が実務で何度も見てきた事実です。発注は買い物ではなく、関係の構築です。

おわりに

この記事を読んで「うちは大丈夫だろうか」と思われた方は、一度、直近の発注書を見返してみてください。業務内容・報酬額・支払期日が書面で明示されているか。中間成果物の扱いが決まっているか。その2点だけでも確認する価値があります。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言ではありません。個別の案件については弁護士等の専門家にご相談ください。

フリーランス法の解釈についての相談は、公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法の考え方についての相談窓口」が、発注する側・受ける側どちらからでも利用できます。著作権については著作権情報センター(CRIC)の「著作権テレホンガイド」など。なお、フリーランスの方向けには厚生労働省委託の「フリーランス・トラブル110番」(弁護士による無料相談)があります。

参考

  • 文化庁「AIと著作権に関する考え方について」(令和6年3月15日 文化審議会著作権分科会法制度小委員会)
  • 公正取引委員会・中小企業庁「フリーランス・事業者間取引適正化等法 説明資料」(令和6年11月1日施行)